師の郷に 救いを求め 寺を建つ



 

■ 津山線・誕生寺駅

 


 岡山県の久米南町は、人口4,800人余り(町HP)の小さな町で、今尚町制を敷いている。

そんな町にはJR津山線の駅が三つも有る。岡山から言えば、神目、弓削と続き、一番北に位置し津山に近いのが「誕生寺駅」だ。

駅の開業は古く、JR津山線の前身である中国鉄道本線が、岡山市駅(現岡山駅に吸収され消滅)と津山駅(現津山口)の間で開業した明治311898)年である。

「川柳とエンゼルの里 久米南町」に有る駅らしく、掲示板には当地の川柳クラブにより投句された川柳が掲示されている。

 

津山線・誕生寺駅

津山線・誕生寺駅

津山線・誕生寺駅

 

津山線・誕生寺駅

津山線・誕生寺駅

津山線・誕生寺駅

 

津山線・誕生寺駅

津山線・誕生寺駅

津山線・誕生寺駅

 

 

嘗ては列車交換の出来る相対式の2面2線ホームを持った駅であったが、今では1面1線単式ホームをもつ小さな無人駅だ。

現ホームの目の前には、線路とホームの跡が、草むしたまま放置されている。

 

瓦葺き二重屋根の駅舎外観は、一見すると当時の姿を良く留めていて、歴史的な価値も有りそうに見える。

しかし、平成に入り全面リニューアルされ、内部はかなり手が入れられた様子で、腰板、壁板等の多くは合板に張り替えられ、戸や窓にはアルミサッシが使われ、トイレも新たに設けられ全てが真新しくなった。

建物外観の雰囲気が良いだけにとても残念である。

 

 

■ 法然上人誕生の地

 

 誕生寺駅のホームの上には、「誕生寺・浄土宗の開祖法然上人誕生の地に立つ御影堂、山門は国の重要文化財 北西へ0.8Km」と書かれた名所案内が建てられている。また向かい側の、使われなくなり草むした姿で残されている嘗てのホーム上にも「法然上人御誕生の地 史跡誕生寺」の大きな看板が立てられ、人の居ない構内で一際目立っている。

この地は文字通り、浄土宗の開祖・法然上人の誕生した地であり、それがそのまま駅名になった。

 

 この地の押領使・漆間時国と母・秦氏の君清刀自夫婦の待望の子として生まれたのは、長承2(1133)年4月7日の事である。

穏やかな成長を願い、勢至丸と名付けられた若は、後の法然上人である。

九歳の折り館が夜襲を受け、勢至丸も小弓を持って応戦し、見事に敵将の右目を射たが、父は再起不能な重傷を負ってしまう。

父は臨終に際し、「仇として追うな、人として真の生き方を求めよ」と遺言した。

父を亡くした、勢至丸は母の弟が住職を務める菩提寺に入り、その後比叡山に登り修行を積み、後に浄土宗を開宗する。

 

津山線・誕生寺駅

津山線・誕生寺駅

津山線・誕生寺駅

 

津山線・誕生寺駅

誕生寺

誕生寺

 

誕生寺

誕生寺

誕生寺

 

誕生寺

誕生寺

誕生寺

 

 この法然誕生の地に寺を建立したのは、源平の合戦で戦い、数々の武勲を挙げた坂東武者・熊谷次郎直実である。

戦が終わりその後、親族間の諍いなども有り、世の儚さを悟り、救いを求めその徳を慕って法然上人の弟子と成った。

やがて出家して法力房蓮生と名乗ると、上人手造りの木造を背負い、自らの弟子と共に上人の生まれ故郷のこの地を目指した。

はるばる辿り着いた先で、上人が過ごした館をようやく目にした蓮生坊は、感激の余り橋の上で号泣し、弟子と共に一心不乱に大音声で念仏を唱え続けたと言う。(熊谷入道念佛橋の由来)その橋は、駅から寺に向かう参道の途中に今も残されている。

 

 

■ 源氏武者・熊谷次郎直実

 

兵庫県・須磨寺

兵庫県・須磨寺

兵庫県・須磨寺

 

兵庫県・須磨寺

兵庫県・須磨寺

兵庫県・須磨寺

 

 『われも人の子の親にて候ふものを、なんぞや、親ある人の子を討ち候ひぬ。

敵味方とは、現世のかりそめごと、宿世に何の恩怨や候はん。

親御のおん嘆きも、さこそと思ふにつけ、われも親、人の身ならぬ心地に打ちのめされ侍るにて候ふなり。』

(「新平家物語・第4巻」吉川英治 講談社)

 

兵庫県・須磨寺

兵庫県・須磨寺

兵庫県・須磨寺

 

兵庫県・須磨寺

兵庫県・須磨寺

兵庫県・須磨寺

 

 源氏の武将・熊谷次郎直実は、一の谷の合戦の折り、須磨の磯松原でただ一騎渚を駆ける平家の若武者に遭遇、名も知らぬまま刃を交え組み伏せた後、首を刎ねた。その若武者の腰には一本の笛が挟まれていたという。

直実は戦場となった須磨寺に首と笛を持ち帰ったところ、その後の源義経の首実検で、首の主が平清盛の甥、若干17歳の無冠の大夫・平敦盛(あつもり)と知る。平家物語の中でも涙を誘う哀話として知られる場面である。

 

兵庫県・須磨寺

兵庫県・須磨寺

兵庫県・須磨寺

 

兵庫県・須磨寺

兵庫県・須磨寺

兵庫県・須磨寺

 

兵庫県・須磨寺

兵庫県・須磨寺

兵庫県・須磨寺

 

兵庫県・須磨寺

兵庫県・須磨寺

兵庫県・須磨寺

 

兵庫県・須磨寺

兵庫県・須磨寺

兵庫県・須磨寺

 

その後直実は、我が手にかけた敦盛が、子の直家と同年代と知り、それを哀れに思い、一筆したため遺品と共に首を敦盛の父・平経盛に送り届けたと言う。

戦の切なさや世の無常を感じ、心に傷を負った直実は、家督を嫡子・直家に譲り、その後法然上人を訪ね門徒となり出家して法力房蓮生と名乗るようになる。然しその出家は、今日われわれが芝居や謡曲などで知る、戦を儚んだものではなく、8年余り後の所領を巡る争いが発端とも言われている。

 

兵庫県・須磨寺

兵庫県・須磨寺

兵庫県・須磨寺

 

兵庫県・須磨寺

兵庫県・須磨寺

兵庫県・須磨寺

 

 今日兵庫県の須磨寺は、敦盛の菩提寺として、境内には首塚が祀られ、広く知られるようになった。

敦盛の愛用した「小枝の笛」は、通称「青葉の笛」とも呼ばれるようになり、宝物館で手厚い供養を受けている。

 

また境内にある釣り鐘は、「弁慶の鐘」として知られている。

一の谷の合戦の折、弁慶が薙刀の先にかけ陣鐘の代用としたとされる鐘で、このことから「釣り合わないもの」の例えとして、「提灯に釣り鐘」と言うようになり、この鐘がその語源になったと伝えられている。(この項写真は、兵庫県・須磨寺)

 

 

■ 栃社山・誕生寺

 

 「栃社山・誕生寺」は、岡山県久米南町に有る浄土宗のお寺で、建久4(1193)年に法力房蓮生により開基された。

本堂(御影堂)は元禄年間に再建されたもので、正徳年間に建造された山門と共に国の重要文化財の指定を受けている。

本堂の右側には、客殿と法楽園(方丈庭園)があり、阿弥陀堂、娑婆堂、観音堂、毘沙門堂等が境内に配置されている。

 

栃社山・誕生寺

栃社山・誕生寺

栃社山・誕生寺

 

栃社山・誕生寺

栃社山・誕生寺

栃社山・誕生寺

 

栃社山・誕生寺

栃社山・誕生寺

栃社山・誕生寺

 

 法然上人が生まれ、幼少期を過ごしたのがこの地である。

父の死に際して敵討ちを諫められた勢至丸は、母の縁を頼って那岐の菩提寺に引き取られることになる。

そんな出家に旅立つ様子を表す銅像が、境内の一画に建てられている。

 

 やがて15歳になり登叡を決意した勢至丸は、母に別れを告げるため当地に立ち寄った。

その折り、菩提寺より頂いた銀杏の杖を、この地にさしたところ正着繁茂した公孫樹となり、今では「逆木の公孫樹」と呼ばれ、誕生寺に伝わる七不思議(根が上に伸びてくる木)の一つと境内で枝を広げている。

 

栃社山・誕生寺

栃社山・誕生寺

栃社山・誕生寺

 

栃社山・誕生寺

栃社山・誕生寺

栃社山・誕生寺

 

本堂を回り込んだその奥に流れるのが片目川だ。

館が襲われた折、勢至丸の小弓で射られた武将がその傷を洗ったとされる場所で、以後この川では片目の魚が出現すると言う。

その川に架かる無垢橋は、木橋の材料をそっくり石に置き換えて造られた、長さ7mの珍しい石造り方丈橋で有る。

それを渡ると上人のご両親の御霊廟である「勢至堂」があり、傍らには法然上人産湯の井戸が有る。

 

栃社山・誕生寺

栃社山・誕生寺

栃社山・誕生寺

 

栃社山・誕生寺

誕生寺

誕生寺

 

誕生寺

栃社山・誕生寺

栃社山・誕生寺

 

 この寺には、珍しい品が収められている。

江戸時代、天和(てんな)の大火で焼け出された八百屋の娘「お七」は、避難先の寺で寺小姓・庄之介と恋仲になってしまう。

やがて火事も収まり、店も再建され(当時の大店は、江戸の町の火事の多さから、予め一軒分の材木を確保していたと言われていて再建も早かった)、自宅に戻ることになるが、庄之介への恋慕は募るばかり。

「もう一度火事になれば・・・」、思い余った「お七」はついに自宅に火を付けてしまう。

 

涙橋と鈴ヶ森刑場跡

涙橋と鈴ヶ森刑場跡

涙橋と鈴ヶ森刑場跡

 

涙橋と鈴ヶ森刑場跡

涙橋と鈴ヶ森刑場跡

涙橋と鈴ヶ森刑場跡

 

 幸いボヤで済んだものの、当時火付け盗賊は獄門の定めがあり、極刑は免れず「お七」は、東海道は品川宿の外れの鈴ヶ森の刑場で火あぶりの刑に処されることになる。時に「お七」、16歳であった。

世間を憚り充分な供養も出来ず、形見の振り袖を見ながら悲嘆に暮れる両親は、娘の死後16年を経て、江戸の増上寺で出会った久米南町の誕生寺住職にその供養を託すことになる。

遺品の振り袖と位牌は、今もこの寺に大切に残され、代々供養が続けられていると言う。

(上二段写真、東海道品川・涙橋と鈴ヶ森刑場跡 罪人の見送りは涙橋までとされていた。 下段右写真の右側が火炙り台石)

 

 

■ 交通案内

 

 ■ 誕生寺 

 

    電車  JR津山線 誕生寺駅下車 徒歩970

 

 ■ 須磨寺(兵庫県神戸市須磨区) 

 

    電車  JR山陽本線線 須磨駅下車 徒歩970m 又は山陽電鉄本線 須磨寺駅下車 徒歩400

 

 ■ 鈴ヶ森刑場跡(東京都品川区南大井) 

 

    電車  京浜急行線 大森海岸駅下車 徒歩540

 



 

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