蔵王温泉
蔵王温泉は山形市の南東部、標高800m余りの蔵王連峰の西麓に位置する温泉である。
温泉の中心部を、酢川が流れその流れの曲線に沿うように、緩やかに登る通りがメインストリートの一つ高湯通りだ。
それを上り詰めるとその先に、この温泉のシンボルとも言える「酢川温泉神社」が鎮座している。
蔵王スキー場の前線基地でも有る温泉は、冬の時期もウインタースポーツのメッカとして観光客を呼び集めている。
両側に旅館や食事処、お土産物屋さんが建ち並ぶ高湯道りの途中に、「南無阿弥陀仏」と書かれた大きな石碑が建っている。
この碑は村人や旅人の安全を祈願して建てられたもので、ここが旧高湯村の入り口に当るらしい。
かつてこの地を訪れた客が、もう一度、名残惜しく温泉街を振り返った場所で「どんどんびき」と呼ばれている。
この地は元々は、高湯と呼ばれた古くから開けた湯治場であった。
通りの中ほどに三か所有る共同浴場の一つ「下湯」があり、その先には「上湯」が、通りを外れれば「河原湯」が有る。
温泉街にある観光旅館も、日帰り入浴が出来るところが数多くある。
これらの湯は日本有数の強酸性酸性泉で、硫黄を含んでいて、切り傷、皮膚病、胃腸病に薬効があるとされ、肌と血を若返らせる美肌効果も有り、美人の湯とも言われている。
温泉街には山形牛を始め美味いものが沢山ある。
兜のような鉄鍋で焼いて食べる「ジンギスカン」は、蔵王を発祥の地とする説が有る。
元々大正時代頃から山形地方では羊毛生産のための緬羊の飼育が行われていたが、戦後になって化学繊維が普及し羊毛相場が暴落、結果行き場の無くなった緬羊を食肉としての活路を見出すために取り入れたのが「ジンギスカン」で有ったそうだ。
一方寒暖の差が大きい山形地方では昔から「蕎麦」の栽培が盛んで、そば粉を使った伝統食は古くから知られていた。
江戸時代には既に、城下に「蕎麦屋」が営業を始めていたと言う記録も残されていると言う。
山形そばは、手打ちならではのこしと風味が特徴で、香り高い田舎そばから、のど越しを重視した町方そばまで揃うので、山形はそば王国と言われるほどだ。
またこの地方の名物に、「玉こんにゃく」が有る。
独特の丸いこんにゃくを、串にさし煮込んだもので、温泉街では幾つかの店先で練炭コンロに掛けられた大鍋から、醤油の良い匂いをさせて食欲を誘って来る。店によって味に多少の違いが有るのかもしれないが、アツアツを頬張ると十分な歯ごたえが有り、口の中に醤油の香が広がり、なんだか懐かしい味がする。
さらにもう一つ、「稲花餅(いがもち)」も蔵王に来たら外せない名物で、元々は蔵王権現にお供えした縁起物の餅らしい。
柔らかめの餅で漉し餡を包み、小さく一口大に丸め、その上に黄色に色付けしたもち米を二三粒乗せ、蔵王で採れた熊笹の葉に載せたもので、稲の花に似ていることから名付けられた。
蒸し上がりは非常に柔らかく、添加物は一切加えていないから、時間の経過とともに表面が固くなる。
日持ちはせず、作ったその日に食べてしまう必要があり、どの店でも作り置きは無いので売り切れ御免と成るのだそうだ。
雪のモンスター
蔵王ロープウエーは、ここ山麓駅から中間の樹氷高原駅の「山麓線」と、そこから乗り換えて地蔵岳山頂駅に向かう「山頂線」に分かれている。難しく言うと「山麓線」は複線交走式ロープウエー、「山頂線」は複式単線自動循環式ゴンドラ(通称:フニテル)と言うらしい。 前者は動かないロープにぶら下がった2台のゴンドラが、ロープに牽引されて上下する。
それに対して後者は、巾広く張られた2本のロープにゴンドラが多数取り付けられ、循環運転しているものだ。
山岳地の厳しい強風や風雪には後者の方式が適しているらしく、加えて安定した輸送の確保が出来るらしい。
蔵王温泉スキー場「横倉ゲレンデ」に位置する、山麓駅は標高855m、今の気温はマイナス5度である。
乗り込んだゴンドラが高度を上げるほどに、眼下に蔵王温泉街の全貌が開け、その先に箱庭のような山形市街地が見える。
遥か遠くの山並みに目を転じれば、白く装った山塊の向こうには秀峰・月山も望まれる。
ゴンドラはおよそ7分で樹氷高原駅に到着する。
ここには「ユートピアゲレンデ」や「百万人ゲレンデ」が有り、スキー客の下車も多いようだ。
案内表示に導かれるまま、雪の積もった階段に足を取られながら進むと「山頂線」の駅が有り、ここで日本のスキー場では最初に導入されたと言うフニテルに乗り換える。ゴンドラは18人乗りで、待つ間もなく次々にやってくる。
この方式に変更したことで、輸送力が大幅にアップし、乗り継ぎをするスキー客の待ち時間を低減したらしい。
凡そ8分で、1661mの山頂、樹氷高原駅に到着する。
ゴンドラを降り山頂駅を出ると、そこは一面の銀世界、素晴らしい景観が出迎えてくれた。
空は青く晴れているので雪がキラキラと眩しい。気温はマイナス7度、吹き付ける風は半端なく強く、肌が痛いほどに冷たい。
この強風が余計に空気を引き締め、寒さを一段と高めているようだ。
山頂駅の前は、山を滑り降りる「ザンゲ坂・樹氷原コース」の起点となっている。
ここまでゴンドラで一緒に上ってきたスキーのグループも、ここから滑り降りるのだと言って、その装備を整え、次々に樹氷の間に延びる雪の帯の道に繰り出していった。
赤い頭巾をかぶったお地蔵様が半分ほど雪に埋まり、白く凍り付いている。
この地蔵尊像は、江戸時代に遭難除けとして建立されたものらしく、台座を含めると高さは2.68mも有ると言う。
丁度背丈ほどになっているから、現在の積雪は1mほどと言うことが解る。
一面の雪原の中に、さまざまな形をした樹氷があちらにも、こちらにも林立し、二つとして同じ形は見られない。
まさに雪が造った芸術で、雪のモンスター群の勢揃いである。
この世界的にも珍しい自然現象は、蔵王と青森の八甲田などごく一部でしか見られない貴重なものだそうだ。
蔵王高湯系こけし
「酢川温泉神社」の石段の下、共同浴場・上湯の近くには「能登屋」と言うこけし工房の店が有る。
「栄冶郎」と書かれた看板を掲げた店で、内閣総理大臣賞を受賞したことのある工人・岡崎幾雄さんの店だ。
この屋号にもなっている「栄冶郎」と言うのは、明治の中頃、青根温泉での木地修行を経て後、ここ蔵王で開業、販売を始め蔵王高湯系の創始者と言われた人物である。
温泉街の中ほどには、工人・田中敦夫さんの店もあり、蔵王高湯系のこけしが並べられている。
また高湯通りの中ほど、共同浴場・下湯の前にある旅館「招仙閣」は、こけしの宿として知られたところで、工人斎藤家の三代目・昭さんの経営する旅館である。
ここ蔵王温泉もこけしの著名な産地の一つで、この地方を中心に作られる伝統こけしは、「蔵王高湯系」に分類されている。
元々は、青根や遠刈田の技術が移入され変化しながら確立されたものらしく、胴が太くどっしりと安定感があるのが大きな特徴だ。
構造は、頭と胴をそれぞれ造り、「ほぞ」と呼ばれる接続用の小さな木片で繋がれた差し込み式だ。
頭頂には赤い放射状の手絡を描くが、黒く塗り潰したおかっぱ頭もあるようだ。
胴に描かれる模様はキクやサクラ、ボタンが中心で、中には山形らしく特産のベニバナが描かれたものも有る。
目は二重まぶた、花はたれ鼻、口には紅が差されている。
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